【レポーター】柴田 亮
さて、今回の県北ブログはいつものボランティアツアーとは趣向を変えてスタディツアーのご報告です。報告者もいつもの黄色い帽子の添乗員ではないので御免なさい。
まずはなぜ今スタディツアーかをご説明します。
現地では多くの方が「とにかく来て見て感じて下さい」と仰り、特にボランティアや支援をしなくても三陸に来てもらうだけでも有難いという気持ちになっております。
多くの三陸の方々には支援して頂いた県外への感謝の気持ちと共に、三陸のこの経験を忘れず、後世に伝える為にも少しでも多くの方が現地に一度は足を運んで体で感じて欲しいと言う気持ちが強くなっております。(全ての人がそうではないですが・・・)
また、観光業は三陸の重要な産業の一つであり、この産業が立ち上がらないと多くの雇用を吸収できない現実があります。、
一方で、県外に目を向けると、ボランティアには敷居を感じるものの、何か行く手段があれば三陸に足を運んでみたいという声も多く聞くようになりました。
そこで、岩手県北観光はボランティアよりも現地の方々との対話に比重を置いたスタディツアーをテストしてみることにしたのです。観光庁様の御支援で2月と3月の2本のお試しツアーで、好評であれば今後も実施して行くつもりです。
このツアーを企画した担当者は、「三陸はただ単に悲劇の場所なのではなく、困難を乗り越える為に日夜奮闘するリーダーが毎日沢山のドラマと教訓を生みだしているとてもダイナミックな地域になっています。今、ここで生まれているドラマや教訓は今後、日本が直面する困難にも打ち勝つ大事なヒントがあると思います。そして何より、その感動する内容が私達に生きる活力を与えてくれるのです。」とかなり鼻息荒くアピールしておりました(笑)
尚、今回初めて動画に挑戦したのですが、ブレまくりで申し訳ありません。
また、雰囲気が伝えられたらと思い、講演の全内容はアップしておりません。続きは是非現地で直接お聞きくださいませ。
前置きが長くなりましたが、どんなツアーだったか御紹介します。

まず、最初に降りたったのは岩手県宮古市田老。
ここは明治、昭和の津波を受けて作られた最大幅25m、地上高7.7m、海面高さ10m、長さは2.4キロにも及び、「万里の長城」と異名を持つ立派な堤防があった場所。
その堤防が脆くも崩れ、完全に破壊された街を見て、津波の威力に言葉を失います。
これは今だからこそ見て学び、伝えて行かなくてはならないことです。

その後、釜石の箱崎地区に移ってボランティア体験。
この箱崎地区は釜石市でも外れにあり、支援が遅れている現場。
基礎から掘り返され斜めになった根浜海岸レストハウスが痛々しい。

昨年と今年は異例に雪が多く、今日の作業も雪掻きでした。
凍った雪は非常に硬く、想像以上の重労働。
報道を見る限り、瓦礫は片付き、ボランティアの仕事も減ったと思われがちですが、現地はまだまだやることが沢山残っております。
今晩の宿はこの箱崎近くの程近くの宝来館。
なんとここの岩崎女将は近所の人を助けようとしたところを津波に飲みこまれ、奇跡的に生還した人です。その後も行政の支援が行き届かない地域の避難所になり、また多くのボランティアを受け入れて地域の復旧の中心になり、現在は「どんぐりウミネコ村」という自然に触れ合う交流型観光で地域の復興の中心になっているところです。

宝来館再始動
宿は1月から再開し、地のものを中心とした美味しい夕食も食べられます。
宿には復旧作業で長期滞在されているダイバーさん達もいらっしゃいました。あの寒い海で・・・お疲れ様です。

夕食後は宴会・・・とは行きません。スタディツアーですから。
夕食後は女将さんのお話をじっくりと伺います。
・津波に飲みこまれても“生きよう”と強く想うことで心臓が強く脈打ち熱くなった。生きようという意思が最後は大事。
・家や財産等よりも生き残ること、家族が残ることが本当に大事
・明治、昭和と受け継がれてきた津波石と、新たに立てられた平成の津波石のこと
・津波てんでんこ(津波の際はてんでばらばらに各自避難すべしという三陸の格言)の意味
・宝来館の周辺であった本当に悲しい数々のお話
・一年経って、今女将さんがこの根浜海岸で復興させたい希望の故郷
・津波を経験した子供たちの為に子供たちに託す想い
魂を震わせる女将さんのお話し。目を潤ます参加者も多数。皆食い入るように聞きいっていました。
女将さんが「ある遊牧民は薬として故郷の土と水を持ち歩き体調が悪くなるとそれを飲む。私もこの根浜にいるから力がでるんだ。だから絶対に復興させるんだ」と仰っていた。お話の内容は文章でも読むことは出来る。でもこの宝来館に来て、女将さんと同じ空気を吸いながらお話を聞くことに意味があるんだと強く思いました。
実は女将さん、お話の後ロビーでぐったり。「この話をするのはとっても疲れるの。でもこれが私の使命だと思うから、これからも多くの人を連れてきて下さいね」
女将さんの想いの「どんぐりウミネコ村」。この構想の実現に岩手県北観光でもできる限りの御手伝いしたいと思います。
(尚、女将さんのお話の内容を詳しく知りたい方はソトコト4月号をご覧ください。女将さんのお話の他岩手県北観光のコラボツアー企画も載っています。)

ボランティア活動+美味しい地物の夕食+女将さんのお話+ゆったりお風呂で皆様熟睡できたでしょうね。

さて、翌日は釜石市街にある只越町商店街で@リアスNPOサポートの川原さんからお話をして頂きました。
・震災前から課題を抱える釜石の街と街づくりNPOの震災前、震災後の役割
・@リアスさんが果たす、只越町商店街の支援、仮設住宅の運営マネジメントや雇用マッチングのプロジェクトについて
・マスコミが伝えない情報の2面性や、被災地の視点で感じる違和感
などなど、被災地の生活の実情やそれを支援する仕組みから被災地に住む人の視点で物事の2面性を知る非常に深いお話をして頂きました。川原さん自身もいろいろな葛藤がある中で対外的にこのようなお話が出来るようになったのは昨年の9月11日からだったそうです。
この後は只越町でお買い物タイム。三陸名物早取ワカメが人気でしたね。
本当はお昼はおらが大槌夢広場の復興食堂で頂きたかったのですが、本日は定休日が重なってしまったので宝来館にも戻って頂きました。おらが大槌夢広場さんも大槌町をグリーンツーリズムや復興ツーリズムで復興させようという非常に前向きな取り組みをされている団体です。大槌市役所の近くに食堂と震災の博物館が立っておりますので、お近くに来た際には是非お立ちより下さい。
お腹もいっぱいになったところで今度は立ち上がれ!!ど真ん中大槌様の復活した加工場で代表の芳賀さんから、三陸の主力産業の水産業のお話を頂きます。
ど真ん中さんは被災した大槌の水産加工業者4名が力を併せて復活をさせようという取組。政府の支援が後手後手に出てくるので、事業の復旧させること様子見してしまう方が多い中芳賀さん達は、一口オーナーと称し、一口1万円の支援を集め、そのお返しに事業が復旧すれば新巻鮭や三陸の海の幸をお返しするというアイデアで数千万円集めました。すでに一部で恩返しも始まっております。


芳賀さんは「海は宝、恨んでません」と力強く答えて頂きました。そして芳賀さんの漁師歌も披露。
最後は早採りワカメとマツモの試食をたっぷりさせてもらいました。肉厚でうまみたっぷりのワカメはワカメだけでもパクパク食べれる。また、ゆでるとそれはそれは綺麗な緑色に変化するのも面白い。三陸に来たらお土産にぜひどうぞ!!
大槌町地場産品復興プロジェクト

ひょっこりひょうたん島のモデルの蓬莱島もすぐ近く
本日最後は遠野まごころネットの臼澤さん
遠野まごころネットは震災後に立ちあがった沿岸部広域で活動するボランティアの受け入れ基地から始まり、様々な復興イベントの実施、仮設住宅のケア、店舗や生業の創出など幅広い活動をしている団体です。

臼澤さんは大槌町で被災し3回程の生死の危機を体験し、命からがら助かって以降は自らまごころネットに参加し、小槌川流域のコミュニティの活性化に注力されています。
臼澤さんの体験から国や行政の役割にまで話は及び、会場も熱くなってまいりました。
住民を集団として捉える行政にできない個人個人を見据えた支援をできるのがNPOと力強く仰っている臼澤さん。今後雇用が回復しない状況で、コミュニティでの孤独死、自殺との長い長い戦いが続くと思われます。これからも応援して行きたいと思います。
さて、今回のバスツアーはバスの中でもいろいろな解説を行います。
- 座学で理解できる各団体の活動内容これまでの経緯などの解説
- 車窓から見える明治昭和平成の津波災害の遺産の解説
- 防災に関する様々な教訓
- 津波の映像を見てから実際にその場所に行くことでわかる津波のすさまじさ
特に、「釜石の奇跡」で知られる小中学生の素晴らしい避難行動についての解説については関心がとても高く質問が相次ぎました。
釜石の奇跡は群馬大学片田教授が粘り強く行った防災教育の成果であり、①想定に囚われるな②最善を尽くせ③率先避難者たれ という3つの原則に基づく教育。これは一般の社会人にとっても非常に考えさせられる教訓になります。是非、その神髄を聞きに釜石に来て下さい。
宝来館で2日目も美味しい夕食を頂いた後はメ “宝来館ワールドカフェ”のお時間です。
これは“ワールドカフェ”というちょっとした対話のルール・手法を使って、オープンで前向きな話し合いをしようという物です。テーマは「現地の皆様に触れて、今感じていること、考えたことは何ですか?」「望ましい未来の為に、三陸に関してこれから何ができるでしょうか?」という問いに対して各自で感じたことを共有しながら模造紙にどんどん書いていくセッションです。
みなさんこの2日間で感じられたこと沢山あるんでしょうね。かなり盛り上がってきました。面白いアイデアもたくさん出てきましたね。
このワールドカフェ、難しく考えることなく、みんなで楽しく感じたことを出し合い、それぞれの感じたことが新たな発想やアイデアを生み出す会議の仕方です。あっという間に2時間過ぎてしまいました。

このわら半紙は書きっぱなしでは終わりません。
翌日はなつかしい未来創造㈱/陸前高田ドライビングスクールの社長の田村満様のところに伺いました。田村社長は無事だったドライビングスクールを活用して正に復興支援の基地となって活躍され、今は陸前高田に若者が働ける為のベンチャーインキュベーションを目指し様々な仕掛けを手掛けているアイデアマンです。
ツアーの参加者の皆様には昨晩作成した模造紙を使って田村社長にプレゼンテーションをして頂きます。
各班の発表①
各班の発表②
各班の発表③
各班の発表⑤
各班の発表⑥
各班の発表⑦

被災地以外の皆様が現地で奮闘する田村さんにプレゼンなんておこがましいかもと、ちょっとドキドキしながら始めましたが、田村さんは熱心に写真をとったり、メモをとったり(ほっ)
田村社長の講評
このアイデアの幾つかは田村さんを通じて何らかの形で実現化するかも?しれません
田村社長のお人柄やご活躍はほぼ日刊イトイ新聞に詳しいですが、やはり直接お伺いするとちがいますね。
穏やかな笑顔とチャーミングな話しぶりの田村社長ですが、陸前高田や仲間への想い、そして日本に対する想いが本当に強く、甚大な被害の陸前高田で、日本のどの地域よりも前向きに未来に向かって進んでいらっしゃる姿勢には感銘を受けます。
また、いろいろなアイデアをどんどん進めて行く積極性も頼もしいです。
陸前高田はすでに人口的には2020年の超高齢化がいきなりやってきた状態です。ここで実現する復興策は10年、20年後の日本を支える仕組みになると思います。
長文になってしまい大変失礼しました。
今回初めて実施したスタディツアーですが、これからじっくり育てて行く現地への支援の新しい動きになると思います。関わって頂いた被災地で頑張る方も参加した我々も前向きに進んで行こうという力がもらえるツアーにしていける手ごたえを感じました。
まだまだ改善点が多いツアーと思いますが、改良を重ねて、より多くの方が三陸の復興に関わっていくきっかけを作っていきたいと思います。
(本ツアーのようなスタディツアーを企業、学校、自治体様にカスタマイズしてご提供することは可能です。詳しくは岩手県北観光までご連絡下さい。)