8/10発 いわて三陸復興スタディツアー 沿岸南部編 

菜の花添乗員

 

 

 

 

 

 

 

 

 

face02皆さんこんにちは、連日の暑さで小麦色の肌をとっくに通り越し沖縄出身に間違えられる添乗員今井です^^(笑)
 さぁ今回はいつのもボランティアとは違い「スタディツアー」と言いまして、現地に来て震災から学ぶ、防災や減災、そしてコミュニティの大切さなどを現地の方と触れ合いながら学ぶツアーになっております。通常のボランティアでは敷居が高いし、観光で行っていいかわからないし、でも岩手に少しでも「力」になりたい!といった参加者が多かったです。また以前ボランティアで岩手に来て2年後どうなっているのか家族や友達を誘って来て頂いた方もいらっしゃいます。本当にありがとうございます(^O^)それでは三陸復興スタディツアー出発進行~
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 Mission1 三陸復興国立公園・浄土ヶ浜

三陸復興国立公園は、東日本大震災により被災した三陸地域の復興に貢献するために平成25年5月に創設された国立公園です。どうですか~!この青い空と白い石浜!透き通る海に水着からはみでるお肉♪最高ですね(#^.^#)この日は快晴で海水浴客も沢山いらっしゃいました!

ここ浄土ヶ浜は岩手を代表する景勝地です^^日焼けするぞ~(笑)

 実は私3・11をこの場所で体験しました…

 観光客が戻ってきてくれてホント嬉しいですface01icon12

 

 

 

 Mission2 大槌町内視察と復興を目指し立ち上がった地域団体

大槌を案内してくれたのは「一般社団法人、おらが大槌夢広場」の川端さんです。観光協会がないこの町で地域として復興する為に受け皿が無いと始まらない。観光復興を目指し、街の中心的役割を担った地域団体です。古民家再生プロジェクトや新しいツーリズムなど新企画にどんどん取り組んでいます。

 

先ずは大槌町役場で黙祷…。
町長をはじめ多くの方が犠牲となりました…

「皆さんにも絶対助かって欲しい」

そう何度も何度も心から訴えてました。

人の心の傷は、人が癒してあげないとicon12

 

 

 

震災前の大槌町(城山公園にて)

震災後の大槌町…

8000トンの大型タンカーが釜石港に乗り上げられた…

釜石小中学校の避難の様子…

(後ろから津波が押し寄せてきている)

 

Mission3 釜石市・鵜住居地区防災教育 

 釜石のボランティアガイドの藤原さん。防災の認識と釜石の奇跡を学びました。海からほぼ同じ距離なのに線路を隔てて片方は100名以上お亡くなりになり、片方は小学生からお年寄りまでだれ一人犠牲にならなかった…そこには避難に対する大きな意識の違いがあった。

1、想定にとらわれない

2、最善を尽くす

3、率先して避難者になる

ここ鵜住居防災センターはくしくも市民の要望で建てられた。しかし本来避難場所は裏山だったが「防災センター」と言う安心さを勘違いし多くの方が避難した…結果津波は2階まで押し寄せ多くの方が犠牲となった…
(今年の10月に解体になります)

皆さんが立ってるここは「駅」でした。しかしこの通り駅も線路も流されてしまい鉄道は走ってません…

 

 

 

Mission4 三陸鉄道・南リアス線

三陸鉄道南リアス線復活!三陸鉄道は、岩手県の三陸海岸を縦貫する路線を持つ、第 三セクターの鉄道会社です。観光列車としても有名でお座席列車やコタツ列車など地域の観光発信にも一躍かっております!(^^)!今回は南リアス線と言って「吉浜~盛」間に乗車し列車の旅を楽しんだ♪

 

実はまだ南リアス線も一部区間津波にやられましたが来年4月には全線開通予定(^O^)

地元の手作り商品「ホタテコロッケ」や「なべやき」??(味噌・くるみ・ごまなど入ったホットケーキみないの)なども車内販売してました♪うまいっ!!

列車の先頭はやはり子供にとっては最高の一等席ですねface02

 

 

 

Mission5 大船渡・さいとう製菓、復活までのヒストリー

東日本大震災と大津波で、甚大な被害を受けた三陸地方だが、さいとう製菓の人的被害はゼロだった。日ごろから避難訓練を徹底した成果だ。「備えあれば憂いなし」といかない災害でも、対策次第で被害の軽減は可能。従業員が無事なら早期の復興にもつながる。その準備もまた「組織力」と斉藤館長が話してくれた。

 

東日本大震災の学びを途切れることなく伝えていくため 大船渡に「津波伝承館」が今年3 月11日に仮オープンしました。

実は館長は昨年までさいとう製菓の専務でした。震災時自分でビデオを回し一部始終を収めた…社員を誘導しての避難後の津波の映像は息をのむものだった…

「助かってほしいから」…

その映像は皆さんにも是非見てもらいたいです。

館長の自分自身の震災後の生活の様子もつづられ何が必要か、何があれば生き伸びれるか生の話にみんなの眼差しは真剣だった!

  

 

 

 

Mission6 陸前高田市・長洞元気村 

長洞地区は岩手県陸前高田市の、広田半島の付け根にある海に面する小さな集落です。 震災で集落60世帯のうち、28戸が津波に呑まれました。
当時、家を失った人は残った同じ集落の高台の民家に分宿。集落中の米や魚を分け合って食べるなど、助け合って一番つらい時期を乗り切りました。仮設住宅も住民自ら地権者と交渉し、集落内に用地を確保しました。こういった強いコミュニティを作る意図とは?現状は?地区のリーダーの村上さんにお話し頂きました。

 

 

長洞集落の取り組みとして…

食料確保・安否確認・被災者名簿確保・治安維持活動など管理統制を図りコミュニティ第一に地域をまとめていった。

なでしこ会のお母さん達の手作り商品のお土産を買いました(^O^)

 

全国そして世界からも支援を受け鎮魂・希望・復興の象徴として「奇跡の1本松」はずっと私達を見守り続けてくれるでしょう。

 

 

 

  ~ 参加者の声 ~

 ・初めてスタディツアーに参加しましたがボランティアとはまた一味違うものでした。自分で体を動かし、何かを手伝ったり、何かを残す事が支援だと思ってましが、「知る事」・「想いを受けとること」 

なども支援するものだと気付かされました。(30代女性)

・参加出来て本当に良かったです。震災はどこか別の世界のことで自分とは遠いものでした。しかしその景色を自分の目で見て自分と繋がりを持てた気がします。自分が出来る事の役割として沢山の人に伝えようと思いました。(30代女性)

ありがとうございます。今回はヤングなお子様からイタリアからのご夫婦での参加もありました。
震災は多くのモノを奪い去りました…しかしこうして現地に来る事によって先ずは身近な大切な人の存在を感じ、一人一人自分の出来る役割を感じ、たった短い2日間と言う時間で自分の中にある新しい何かに気付いたのではないでしょうか?一見「スタディツアー」って何って思う人もいるかと思いますがこのツアーは本当に「心に響く学びのツアー」として今後も続けていきたいと思います。

皆さんの笑顔忘れません(*^_^*)また浄土ヶ浜に遊びに来て下さいね♪
                

            年中日焼けした肌の熱い添乗員がいつでもお待ちしております(笑)

                             

                                    また逢いましょう!!   

  

                           つづく…

                                   

                                                     

                                                  始まりはここから…

 

新企画!いわて三陸復興スタディーツアー 3/22発

菜の花帽子の添乗員

 

 

 

皆こんにち和(^O^)あたたかい日が続いて東京は桜が満開のようですが岩手はまだまだつぼみです。いつもはゴールデンウィーク辺りが東北の桜は見頃ですが今年は少し早いかなicon12

 さぁ!今回は新企画コース!!「いわて三陸復興スタディーツアー」の1本目と東京ー久慈間の高速夜行バスの初日の運行が重なり到着地の岩手県久慈市では沢山の市民の歓迎で駅前は大賑わいでした♪face02

岩手県内でも陸の孤島とまで言われた「久慈市」。乗り換えなしで首都圏まで行けるなんて市民にとっては本当に待ちに待ったホットライン!久慈にとっては今日が東京に少し近くなった記念日でしたね♫

 

それでは三陸の新たな始まり、「復興スタディーツアー」に出発進行icon21

 

 

 

 久慈駅前にて歓迎セレモニー♫

icon01天候にも恵まれ快晴の中、沢山の歓迎旗に迎えられ郷土名物の振る舞いや餅まきなど街の喜びを一緒に感じました(^O^)

ご当地キャラクター^^右から順に三陸鉄道の「さんてつくん」、街なか水族館もぐらんぴあの「もぐちゃん」、一番左は…ギョギョッ!?だれっ(笑)♪

 

 

 

 そもそも「スタディーツアー」って??

 一般的な肉体的ボランティアではなく、今後起こりうる災害に対し現地(岩手)に来て地元の人から直接震時のことや防・避難そして街作りを聞く事により自分達の地域や社会で活用してもらう内容の事を言います。簡単に言うと直接「経験者」から学ぶ!ってことですね。(現地に行って・現地の人と触れ合い・現地から未来に繋げる)

 

 

 

 

  ~ まめぶ作り体験 ~

 さぁツアーに入りますが先ずは郷土を知るのも必要!「まめぶ」とは久慈地方に伝わる郷土料理^^くるみと黒砂糖が入っている団子がメインで豆腐・きのこ・人参・ごぼうなどが入った「すまし汁」になります。なんと昨年はB-1グランプリにも参加した岩手沿岸を代表する名物料理です\(^o^)/

ヨイショ、コラショ♪家でもやった事がないから中々大変icon10

でもおかあちゃんに教わってうまく丸まってきました!お湯の調整が難しいけど意外と柔らかいんだなぁface02

団子の中はくるみと黒砂糖♫丁寧にうまく丸めました^^それにしてもエプロン姿似合ってますね♡(いつも合羽姿しか見てないから(笑)

煮干し出しの鍋に入れて浮いてきたら食べごろ♫もちもちした食感でとろりと甘さが広がるま~るいお味icon12

 

                              

 

 

 

 

 ~ もぐらんぴあ・まちなか水族館 ~

 ギョギョギョッ!!以前は海岸付近にあった水族館は被災に遭い、今は市内の家具屋さんだった場所で運営してます。ここにはあの「さかなクン」の一方ならぬ御協力があって形になったそうです。「人の繋がりで助けられました…」そう語る代表の宇部さんの案内で久慈の当時の様子を聞かせてくれました。

 

手作り感タップリで親しみやすい館内ですね^^
大津波から生き残った「カメちゃん」など8種類もいたそうです!甲殻類の生命力の強さを感じました

実は「さかなクン」、イラストがとっても上手なの知ってました!?(^O^)館内の絵や魚は寄付していただいたそうです。それにしてもリアルなカワイイイラストですね♫

あの震災からどうやって立ち上がれたか…?それは「水族館を待ってる人」がいてくれたからです。宇部さんの話は現実と絶望…そしてキッカケになってくれる人や仲間がいたから頑張れました。そう力強く教えてくれましたicon12

 

 

 

 

  ~ 久慈琥珀(こはく)三陸鉄道浄土ヶ浜 ~ 

 この後久慈琥珀博物館で8500年前の歴史を感じたり、三陸鉄道に乗って海を眺めたり・浄土ヶ浜で想いを馳せたり岩手の魅力も存分に堪能しました^^

琥珀とは太古の昔の樹脂の化石なんですicon12

車窓からは絶景の太平洋を眺めました~face01

震災後も変わらず素晴らしい海岸美!

陸中海岸を代表する景勝地「浄土ヶ浜」

 

 

 

  ~ 震災の語り部&ガイド…田野畑・田老・宮古 ~

 現地の人と話すと笑顔な姿にビックリすることがある、しかし一人一人がそれぞれが震災の傷跡を背負っている事を知らされる…今回のツアーでは6つの施設で震災の話を聞いた。共通して教えてもらったのは地震に対する「慣れ」を捨て高台に逃げる!人の繋がりの大切さ、感謝の気持ち…ごく自然な内容だが語り部はその一つ一つの言葉の重みが違う。あなたならその時どう行動しますか?真剣に一緒に考えてみませんか☆

田野畑「羅賀荘」・三浦さん

ホテルの従業員の避難様子や避難所での助け合う大切さを教えてくれた。

体験村田野畑震災の語り部・下坂さん

 自分の家の前で見た津波の状況震災直後の救助活動・自治会長の役割を写真を踏まえ教えてくれた。

宮古震災ガイド・元田さん

防災の街・田老の津波の歴史や教訓、防災意識を伝える大切さ。

 宮古の水産加工場:小が理商店・小笠原さん

 従業員を一人に解雇せずいち早く再建に向けた行動をした!そこには従業員の家族を想う社長の熱い思いがあった!   

 

 

 

 

 

 あれから2年…最近よく聞かれるのは「復興してるの?復興してないの?」そんなことばかり…。復興してるって言うのは「住めるようになった事(衣食住が充実してきてる事)」。復興してないって言うのは「住みたい街になってない事(更地になった状況を見て)」そんな感じなのだろうか。私の中では現在進行形であって住んでる私達にとっては「今」が大切で動いている状況なんだと思う。

今回も岩手初の方が約半分いらしゃいました。まだまだ岩手に行きたくても中々キッカケがなかったり「今、行っていいのか?」なんて思ってる方も多いと思います。観光で来ても大歓迎!ましてや学びにきて損することはないと思います。その中で「命」の尊さや助け合う気持ち、時間に追われた生活では出会うことがない人との触れ合い…そんな身近なものを岩手では感じることが出来ます。

もしかしたらちょっとした「学ぶ大人の修学旅行」かもしれませんね…☆ 

                   

                  未来に伝える大切な時間へ出発進行~(*^◯^*)icon21icon12

                                         

                                           

 

 

                                          つづく…

 

 

 お馴染みの「けっぱれボランティア」春のGWコースも大募集中です!

みんなが手掛けたあの花畑に一緒に行きませんか(^O^)

  http://bit.ly/XHn2f5                 

 

                                                       

                                                        ギョギョギョッ!!!

                           

                                                  

                                                  

 

「災害復興法学」スタディツアー

レポート 柴田 亮

 

 

 

 

 慶應義塾大学法科大学院の若き法曹リーダーの一人である

岡本正先生が指導する「震災復興法学」講座の生徒様の

ツアーを御手伝いさせて頂きました。
        

                    http://bit.ly/TARJk8

  これから法曹界を背負って立つ卵達に、震災という滅多に直面しない状況下で、法律家がどのように貢献できるかを現地で感じてきてほしいという先生の相談を受けて、ボランティア活動の他に現地で活躍する弁護士への訪問もアレンジ致しました。

 

 震災と弁護士というとピンと来ない方もいらっしゃるかもしれませんが、実はとても重要な役割があります。例えば、2重ローンを抱えた被災者が債務を整理して、次のステップに進む為には法律の知識が必要です。また、相続といったことも残念ながら直面せざるをえない状況も生まれます。

 また、震災で被災者のケアをする為にとても有用なNPOが行政にどの仮設住宅にケアが必要な方が入居しているかを尋ねても、個人情報保護法を誤解して情報提供を渋ってしまう場面もあり被災者の為にならないこともあるそうです。正しい法律知識があれば、そうした問題もスムーズになります。

 こうした震災時の法律の相談事例をデータベース化して分析したのが「震災復興法学」になります。

 ただ、岡本先生はただ単に知識でこのことを知っているだけでは被災者に寄り添っていく為に十分ではないと考え、実際に現地を見に行くツアーの必要性を感じて今回のツアーの実施に至りました。

 

 スタディツアーの重要なポイントとして、現在の東北を通じて今後の日本の災害や日本の構造問題に備えるということがあります。今回のツアーはまさにそういった目的に沿った形で進められ、私共も大変大きな学びに繋がりました。

 

 今後とも各種専門家や業種の方を対象としたオリジナルのツアーを実施して参りたいと思います。すでに学校の先生向けに被災地で機能した防災教育や震災時とその後の子供達を取り巻く状況を学ぶツアーも企画して実施致しました。

 

 ご興味関心がある方はお気軽に御相談下さいませ。

岩手県北観光のスタディツアー

 岩手県北観光では2011年4月から県外からのボランティアの皆さまを現地に訪れて頂く“けっぱれボランティアライナー”を運行し、お陰さまで多くの方にご利用頂きました。

その他、多くの企業様や団体様のボランティアツアーのご依頼を頂き、これまでにはない多くのご縁を頂きました。

 今後、このボランティアツアーに加えて、被災地の過去の知恵と現在の課題と未来への希望を学ぶスタディツアーも積極的に展開して参りたいと思います。本日はそのツアーに力を入れることになった背景について御説明させて頂きます。

 

 本県に対して、これだけ多くの方がボランティアとして御支援をして頂けたことを感謝するとともに、ボランティアがきっかけで岩手県を知って頂き、再び訪れて頂けたことを大変有難いことだと感じています。こうしたご縁が復興に向けた財産になると固く信じております。

 

 私共のボランティアツアーはそうした縁が深まるように“人”対“人”の交流を重視して参りました。首都圏から訪れたボランティアの皆さまはただ肉体労働を行うだけでなく、住民の経験を聞いたり、現地のNPOや企業の取組に触れる機会を提供させて頂きました。

 

 こうした活動をする中でいろいろと気がついたことがあります。
(1) 首都直下型地震、東南海トラフ地震への備えとして学ぶべきテーマが沢山あること
(2) 被災地は10~20年後の日本の姿であり、ここで復興(≠復旧)の町を作ることは将来の日本を支えるモデルになること
(3)ボランティアや視察に来た多くの方が現地の人々と触れると、否応なく“自分が何者であるか”、“何ができるか”を深く考えることになり、それが気づきや成長の機会になっていること

 

 

 

 こうした気づきから“私達は被災地へ訪れることの意味”を県外の方が被災地を救うという“支援”ではなく、互いが互いの未来を一緒に作るプロセスであり、学びの場なのではないかと考えています。
 もちろん、多くの支援が必要な人々がいますのでボランティアはまだまだ重要です。ただ誤解を恐れずに言えば、場所によっては一方的な支援を行うフェーズではないのではないかと感じています。

 現地の人も外からいらっしゃる方も共通の未来に向かって一緒になって考えること重要だと感じています。高齢化が進み、人口が減少する被災地は、日本のどの地域にも共通する未来の課題が少し早く現れた地域です。また東北を襲った自然災害はいつか日本の他の地域も直面します。

 被災地も被災地以外も関係なく、互いに共有できる未来について語り、次の備えを模索し実践する必要を強く感じています。よく言われることですが、東北で起きていることは他人事ではなく、限りなく当事者意識を持って関われることだと思うのです。

 前置きが長くなりましたが、こうした議論を経て岩手県北観光では“スタディツアー”に注力しております。古い史跡を訪ねる修学旅行のようなものではなく、自分事として未来を一緒に考えて学ぶ“生(活)きた学び”のツアーです。そして一方が先生ではなく、互いが先生になって相互に学びあうような物を目指して行きたいと思います。

 

 (今後この取組は随時以下のホームページに反映していく予定です→http://sanriku-trip.jp/ )

 

 語り部となる被災地の皆さまからも「スタディツアーで話をすることで自らの気づきになる」ことや、「自分の活動について多くの方が真剣に聞いてくれることが励みになる」こと、また「具体的なアイデアや発想が広がる機会になる」ことなど参加にメリットを感じて頂き、総じて積極的に協力頂いております。さらにはこうした学びの場自体が被災地の今後の産業になっていくのではないかという感触もコメントとして頂いております。

 

 陸前高田ドライビングスクールの田村満社長がよく細菌学者のパスツールの「幸せは準備された心に訪れる」という言葉を引用して、震災復興で活躍する方々は震災前から何かしらの問題意識を持って地域や企業で取組んでいた方ばかりとお話されたことがあります。

 

 このスタディツアーが少しでも多くの方が何かを感じて準備を始めるきっかけになるような物になれば有難いと感じています。

 

<具体例>

 

 実際にこれまで岩手県北観光では以下のようなスタディツアーを実施して参りました

 

・観光庁のモニターツアー「岩手・学び、復興支援、絆ツアー」(http://kokunai.nihon-kankou.or.jp/m_report_vol2.html2

http://www.kenpokukanko.co.jp/knp/?p=6319 )

・通訳案内士(日本を訪問する外国人観光客を対象とした国家資格のプロガイド)を対象にしたスタディツアー

・SVP東京(社会起業家支援団体)「SVP×復興リーダーズセッション」ツアー

・コンサルティング会社による地元NPOに対する一日コンサルセッションと一緒に林業で汗を流すツアー

・キャリアや人材の専門エージェントと被災地の雇用と今後自分達がどのように被災地に関わるかを考えるツアー

・ロースクールで学ぶ弁護士の卵が災害時に求められる弁護士の活躍を学ぶツアー

 

 また、現在企画中のものでは以下のような物を考えております。

・来るべき首都直下型地震や東南海リアス地震に備えて、岩手の被災地の知恵やノウハウや教訓を学び備えるツアー(社員一人一人の震災に限らないリスク対応能力や意思決定力の強化)

・単なるボランティアではなく、自社の本業や強みを活かした東北への関わり方を模索する為に改めて現地で何が起きているかを学び、現地のリーダーとの対話を通して中長期の活動のあり方を模索するツアー

・被災地で現地の方との対話を通じて自社や団体や個人が何を出来るかを考え、自らのアイデンティティの再定義を行うツアー

・被災地で社会課題から将来のビジネス機会を検討し、同時に社員のリーダーシップ(特にソーシャルアントレプレナーシップ)を育て、被災地の中長期の発展にも寄与するきっかけになる企業の関わり方を検討するツアー(複数の企業の経営企画、人材開発、CSR部署などを対象)

・個人の方を対象に防災や地域での支え合いや交流などをテーマに学びの要素を増やしたツアーや復興の最前線で活躍する人と交流し応援するツアー

 

スタディツアーの具体的な内容について簡単に触れて行きたいと思います。

 

まずはテーマについてです。

 

【次なる災害への備え】

 被災地でまず私達が学ぶことができるテーマは次なる災害への備えです。

 言うまでもなく日本は自然災害が多い国であり、最悪のケースでは32万人の死者が予想される東南海トラフ地震や首都圏直下型の地震が想定されます。

 東北の経験には今後の備えに役立つ知恵やノウハウが多くあります。自治体が備えるだけではなく、企業や個人にとっても役立つ具体的な知恵やノウハウがあります。また、この知恵は地震や津波だけでなく幅広いリスクに応用が出来ます。

 例えば、釜石の奇跡で有名な釜石の防災教育は、子供達の卓越した災害対応が偶発的な“奇跡”ではなく、準備によって誰でもできる危機管理手法であることを教えてくれます。「想定に囚われるな」「最善を尽くせ」「率先避難者たれ」と三原則と「津波てんでんこ」を実践する為の準備が如何に機能したかを現地で学ぶことができます。

 大切なことは災害への対応は災害の当日だけでなく、その後の避難生活、まちの復興とその後も続きます。スタディツアーではフォーカスが当たりがちな防災だけでなく、その後のフェーズについても言及します。

 

 

【日本の未来の社会問題への対応】

 東北は高齢化・過疎化が進んでいる地域で元来から構造的な問題を抱えており、単にインフラを復旧させても社会問題が解決出来ない地域です。災害からの復興と同時に過疎化や高齢化に対応した社会システムの構築が求められ、多くのチャレンジが行われています。

 高齢化や過疎化は東北だけの問題ではなく、いつか日本中が直面する問題です。東北でのチャレンジや仕組みは今後の日本全国で活用できる可能性があり、それはビジネスチャンスやイノベーションに繋がることは間違いないと思います。

 陸前高田・大船渡・住田町では復興特区を取得して訪問介護を展開する薬局や、医療関係者が対話の中から新しい医療を支える仕組みを生み出そうとしています。町をコンパクトにしたり、新しい交通の仕組みを考える試みも始まっています。エネルギーについても、その地域らしさを活かした再生可能エネルギーの活用を模索しています。

 ただ、これはまさに今取組を始めた段階であり答えがでているわけではありません。逆にいえば、現地に行って問題を一緒に考えることでより深い学びがあると考えています。

 むしろスタディツアーを通じて、外部の方と現地の方が交流することで、より多様なアイデアや意見が生まれる可能性もあります。

 

【自分(自社)のあり方、生き方を見直す】

 最後に、これは被災地へのツアーを多く手掛けてきた実感から言えることです。被災地では、自分が一体何ができるのかと深く問い直すことになります。

 企業で働く方々であれば、日々の忙しい業務で忘れがちな自らの社会的な役割を問い直し、原点や理念に立ち返ることができます。また、組織の価値観の再定義と共有(チームの結束力の強化)に繋がります。

 個人の立場であっても、災害で当たり前の生活が奪われた現実に触れることで、何が自分にとって大切なのかを改めて考えるきっかけになります。

 災害という大きな困難を乗り越えるために、東北の人々がどのように生き抜き、支え合い、そして再生の為の創造を行っているかという局面ごとに発揮された力から学ぶことができます。

 

 岩手県北観光のスタディツアーでは現地で活躍するNPOや企業から現場の空気に触れながら生のお話を伺うことで学んでいきます。また必要に応じて、現場で体を動かし、汗をかくことでより体感的に学んで頂くことも大切にしております。

 

関心がある方はお気軽に岩手県北観光に御連絡下さい。

スタディツアー実践報告

レポーター 柴田 亮

 

 ご報告が大変遅くなりましたが、今年の夏に通訳案内士の皆さまを三陸の沿岸被災地に御連れして現地をご案内する機会を頂きました。
 このツアーは今後岩手県北観光の新機軸となるスタディツアー(http://www.kenpokukanko.co.jp/knp/?p=8905)を企画する上できっかけとなったツアーとも言えます。
 通訳案内士とは日本に訪れる外国人の方を対象にしたガイドで、試験を受けて認められる国家資格です。
 今回の取組はもちろん三陸沿岸被災地に世界中の方に来て頂くことを最終的な目的にしております。その理由として
 まず第一に海外から多くの支援を頂き、そうした方々に実際に三陸を訪れて頂き感謝を伝えることとその後の実際の姿を見て頂きたいこと。
 加えて、三陸へ海外から訪れて頂くことが現地の人々の励みや活力につながること。
 また、この震災とその後の復興への歩みは日本だけでなく、世界にも知って頂く価値のあること。
 最後に海外からの訪問者の増大は沿岸部の観光産業の復興にも大きな意味をもつこと等があげられます。
 そうした想いを共有して頂いた通訳案内士の皆さまに現地を感じて頂き、感じたことを多くの人に伝えてもらえばという想いで今回のツアーを実施しました。
 尚、このようなスタディツアーは幾つかの企業様やNPO様を対象に実施しております。団体様の事業内容やご要望に沿って内容をアレンジしていますので御相談下さい。

 

 

① 住田町の木造仮設住宅の見学
 集合場所は遠野でした。遠野にあるNPO法人遠野まごころネットでボランティアをしてから参加された方もいらっしゃいます。まず最初に向かったのは住田町です。
 住田町は陸前高田や大船渡に接する内陸の町で、津波の直接的な被害はなかった町です。その立地を活かし、復興支援に尽力され、多くのボランティアが滞在するベースとなった町です。従前から林業を基幹産業としてまちづくりを行っている町でもあります。
 陸前高田や大船渡などの住民を受け入れる仮設住宅を作っているのですが、これをプレハブではなく、住田町の木材を使った仮設住宅を作ったことが特徴です。仮設住宅は音漏れや寒さ暑さなどハード面の課題が多いですが、木のよさを活かした作りになり、また地域資源を活用することが地元に経済的なメリットももたらす素晴らしい取り組みだと思います。
 こういった仮設住宅があることが今後の災害対策の為に理解しておくこと、また、予め災害が起きた際に準備しておくことの重要性を学ぶことが出来ました。
  

 

② 気仙大工左官伝承館
陸前高田、大船渡、住田町を古くは気仙地方と呼ばれていました。この地域は阿部氏や藤原氏の栄華を支えた金の産地であり、昔から漁業が盛んであったのですが、実は江戸時代には“気仙大工”と呼ばれる全国に名の知れた大工集団がいたことで有名でした。気仙大工の技術力は高く、今も残る東北地方の多くの神社仏閣や住宅にその技が残っています。また、宮大工や家大工などに拘らず何でも建てる大工であり、明治以降は西洋建築も積極的に取り入れており、今もその技術は受け継がれています。
 そんな気仙大工のお話と震災後からの歩みなどを伝承館の武蔵裕子さんに伺いました。
 復興と言うとメガソーラーなどの再生可能なエネルギー作りやICTの活用などの最先端技術の導入に目が向きがちですが、地域に残る伝統技術や文化をきちんと新しい町づくりに活かすことの重要性を感じることが出来きます。地域が地域のアイデンティティを保ち、誇りを持ってまちづくりにコミットすることで、住民が住み続け、また外部からの人も呼ぶことができるのだと思います。
 気仙大工の技術で建てられた伝承館の建築物は一部壁が破損したものの、地震の影響がほとんどない強靭さです。また、震災後は神戸から“希望の灯”が送られ、この伝承館で今も燃え続けています。
 どこにでもあるような景観の町づくりではなく、地域らしさやストーリー性のある町の復興で、魅力ある地方都市が蘇るイメージが湧いてきます。 

 

 

③ 長洞元気村でお昼ご飯
 長洞元気村は陸前高田の外れに位置する広田半島の付け根に位置する小さな集落です。
 この村はコミュニティの力がとても強く、震災後の数々の困難を地域の力で乗り越えてきました。
 実は震災とコミュニティと言うのはとても深遠なテーマであります。被災地では、避難所の運営は実質住民が取り仕切ることになります。行政はそこまで手が回りません。その為、避難所の住みやすさやトラブルの対処は震災前の地域コミュニティの繋がりの濃淡が大きく影響しました。
 また、仮設住宅の入居時に抽選で入居が決まるところも多く、避難所でようやく助けあうコミュニティができたところもバラバラにされてしまい、仮設住宅団地に入ると隣近所に顔見知りもいない為に引きこもり、心身の健康状態を崩してしまうことが大きな問題になりました。
 長洞元気村では、自分達のことは住民自身で決めて行く分野と困ったときには助けあう文化がありました。被災した学校がお休みの間は住民が先生になり、授業を続けました。住民が率先して集落の未来を話合いました。生業も助けあいながら作ってきました。
 自治体からは長洞元気村だけは特別扱いはできないと住民それぞれを抽選によってバラバラに仮設住宅への入居するように言われましたが、地域で団結し、地域でまとまった仮設住宅を実現し、コミュニティを維持したのです。災害復興住宅も同様に進めており、むしろ他の地域のモデルになっています。
 驚くべきことにこの集落の人口ピラミッドはバランスが取れているそうです。確かに若い人も見かけます。このコミュニティのあり方にこれからの日本の地域のあり方のヒントがたくさん含まれているように感じました。
 集会室をお借りして、お話を伺いながら美味しい地元のお昼ご飯を頂きました。

 

 

④ なつかしい未来創造株式会社の田村社長との交流
 陸前高田でドライビングスクールを経営され、震災後は町の復旧に奔走、その後まちづくり会社を立ち上げられて、復興をリードするなつかしい未来創造株式会社の田村満社長が、ユーモアも交え、一方でググっと引きこむお話をして頂きました。
 復興は単に災害復旧ではなく、震災前からある過疎化高齢化という問題に向き合う必要性、「幸せは準備された心に訪れる」という細菌学者のパスツールの言葉を引用して、震災を起こる前からの問題意識や取組の重要性、明治初期に日本を旅したイザベラバードを引用して日本人の原点を見直し、それを復興の基盤にするべきというお話など、現場に立つ型の迫力が伝わってくるお話でした。
 今は“学習”をキーワードにした滞在型施設を立ち上げる計画や、今泉地区を江戸時代の街並みをモデルとした復興ビジョンの実現に向けた活動をされているそうです。

   

 

⑤ @リアスNPOサポートセンター
 一本松など陸前高田の被災地を見学した後にバスは北上し、釜石へ。
 釜石では震災前からまちづくりを行っている@リアスNPOサポートセンターにお話を伺いました。釜石は新日鉄住金の釜石工場の企業城下町として栄えたものの、人口は最盛期の半減まで減っています。高齢化率も沿岸部では特に高く、過疎と高齢化に取り組んで参りました。しかしこれは後々日本のどの地域も経験することで、釜石の嶋田副市長は釜石は日本の未来であり、ここでの取組が日本の将来を左右していく重要な試みになると仰っています。
 地元の住民で構成される団体なので、震災直後は各々の安否や家族のケアで大変でしたが、その後は外部の支援団体と連携しながら地域を支えてきました。具体的には緊急雇用支援の予算で被災者を雇用し、仮設住宅を巡回し見守りケアを行う“地域支援員事業”を大船渡の仕組みを取り入れて釜石・大槌で実施しています。また、よく指摘される雇用のミスマッチを埋める意味で企業の情報発信等を支援しています。住民だからこその高い問題意識を感じました。
 最大の課題は若い人の人口流出であり、働く場所の確保の重要性を訴えていました。そして、復興が次のフェーズに進み、仮設住宅から復興住宅へ移る際に支え合うコミュニティをどう維持していくかが重要という認識です。神戸では仮設住宅よりもその後の復興住宅で孤立した中高年の自殺者が増大しました。町のコミュニティを支えるまちづくりNPOの存在価値を強く感じることができる時間でした。
 また、お話頂いた川原事務局長の体験から、報道を通じた情報収集よりも現地に足を運び知ることが如何に大切か痛感します。多くの方がそうではないと信じたいのですが、一部のメディアの方は自分の報道したいストーリーに合わせて住民のコメントを切り抜いて報道して、住民の意図と全く違う伝わり方をすることが残念ながらあるそうです。東京で報道を見ている限りはその見極めは極めて困難です。
 また、特に具体的な支援ができない場合でも、ただ単に被災地に来て頂き、住民と交流してもらうことが住民の支えに繋がるということでした。被災地の現状は目に見えた変化が起きないまま、復興計画の具体化を水面下で時間を掛けながら進めている状況で、住民の方には不安や焦りが広がりやすい我慢のフェーズです。「ツアーで買い物して、泊まっていってください」という川原さんのお言葉に重みを感じます。

 

 

⑥ 鵜住居にて釜石の奇跡のお話
 私は沿岸部にツアーに来て頂いた方には、出来る限り“釜石の奇跡”のお話をしています。これはIMF総会@日本などで世銀などがリポートしたことで“Kamaishi Miracle”として世界に知られることになった防災教育とリスク管理教育の成果です。
 釜石では数年前から群馬大学の片田教授の指導の元、非常にデザインされた防災教育を取り入れていました。この教育は①想定を信じるな、②最善をつくせ、③率先避難者たれという原則と、三陸に古くから伝わる“津波てんでんこ”を実践できる為の普段からのコミュニケーションの徹底をしてきた取組でした。
 この簡単な原則、災害と自然に対する科学的な理解が加わることで、放課後にも関わらず子供達が各々で大人に頼らずに地震で最善の行動を取れたことを指して「釜石の奇跡」と言われています。
 この防災教育はグローバルな企業や海外のMBAにも注目されるくらいの素晴らしい内容で、小中学生でも実践できるシンプルなものです。これは単に防災訓練を繰り返すことで身に付くものではなく、子供達を主体的に当事者意識を持って、災害を“理解させた”ことにあると思います。
 釜石の奇跡で子供達が学んだ原則の奥深さや、実際にどのようなプログラムでそれを学んだのかや、首都圏直下地震や東南海トラフ地震にどう活かすか等をお話させて頂いきました。特に2011年3月11日に首都圏では電車が止まる中、多くの人々が歩いて家族の元に帰りましたが、その行動の危険性と、釜石の防災教育が実施されていた場合にどのような違いが生まれるか等は皆さんにとって印象に残る話になったようです。

⑦ 宝来館と三陸ひとつなぎ自然学校
 一日でかなり多くの方の話でお腹いっぱいかもしれませんが、本日宿泊する宝来館もドラマのある宿です。宝来館自体は地域の津波避難ビルとなっていましたが、2階部分まで津波に飲まれてしまいました。近所の逃げ遅れた住民に避難を呼び掛けに高台から降りてしまった女将さんの岩崎昭子さんは、あと一歩のところで津波に飲みこまれてしまいました。女将さんは波の中で不思議な体験をします。奇跡的に波から弾かれて助かった女将さんですが、
 そこから大変な日々が始まります。鵜住居は釜石の外れにあり、集落は孤立します。多くの住民が宝来館に集まり、宝来館はそのまま民営の避難所として運営されます。そこで感じた女性の役割、男性の役割、子供達に対する想い、従業員への想い、苦労と葛藤などなどお話して頂きました。
 避難者がいなくなった後も地域の復興の拠点として、多くのボランティア活動のアレンジをして、改めて地域に対する想いや夢が強くなり、それが“どんぐりウミネコ村”というグリーンツーリズムを核とした地域づくり構想に発展します。「津波は逃げれば死なない。だから徹底して逃げれば良い。形あるものは壊れる。だが、生き延びれば再生できる。病気になったら故郷の土を煎じて飲むと治るという。故郷はそれだけ特別なものであり、私はその土地で生き続けることに意味があると思う」
 この宝来館の番頭さんでもあり、震災後にどんぐりウミネコ村のツーリズムを実現する組織として三陸ひとつなぎ自然学校を設立した伊藤聡さんにもお話を伺いました。釜石の豊かな自然とその魅力、また、そこでひと育ての場として活動です。
 被災して大変な状況であっても前向きに力強く前進する宝来館の皆さまに私達も大変勇気づけられます。

 

⑧ おらが大槌夢広場の大槌町ガイド

 2日目最初の訪問先は大槌町です。大槌町では“まち育て、ひと育て”というコンセプトで町の発展を担う住民の人材育成と復興にむけた町づくり活動(産業の復興も含む)を行う「おらが大槌夢広場」さんにガイドをお願いしました。
 おらが大槌夢広場はおらが大槌復興食堂を運営しており、大槌で貴重な食堂として、町の人が集まる場として、そして自ら事業を始めたい若者が修業をする場所(インキュベーション)として活躍しています。その他にも企業研修やツアーの対応を行う復興ツーリズム事業も行っており、今後観光が大槌の基幹産業の一つになるように地域づくりも行っています(例:古民家再生事業等)。また、子供達がまちづくりに参加する機会として子供議会を行うなど本当に幅広い活動を、住民主体で行っています。
 ガイドをして頂いたのは熱いナイスガイの臼沢和行さん。とても明るく元気な彼ですが、震災でとても大切な方を失っています。その想いやそこから町づくりNPOに参加している想いを語って頂きました。また、津波に飲まれてしまった旧市役所の回りで、そこにあった町並と現状を比較しながらガイドをして頂きました。町の人々の想いや葛藤が町のあちこちで垣間見られます。
 また、災害当日の様子などから防災に関しての教訓もたくさん教えて頂きました。臼沢さんのメッセージは「大事な人をもっと大事にしてあげて下さい。」「津波の事をもっと勉強して欲しいと思う」「(何かあったら)大事な人と最低限の物だけを持って逃げてください。」この現場と臼沢さんからの言葉だからこそ深く心に染みて参ります。
 
    

 

 

⑨ 立ち上がれど真ん中大槌

 三陸の主力産業であり、そして被害も大きかった水産業。その水産業のど真ん中の水産加工を大槌で再生をさせる試みの一つが立ち上がれど真ん中大槌さんのプロジェクトです。
 もともと、芳賀鮮魚店さん、ナカショクさん、浦田商店さん、小豆嶋漁業さんという別々の水産業者でしたが、いずれも被災して甚大な被害を受けました。いち早く事業を再開させる為にも5社が一体となって“立ち上がれど真ん中大槌”を結成。国のグループ補助金も活用すると同時に、全国から一口1万円の寄付金を募り、事業再開の暁には特産品でお礼するサポーター制度で9千万円を集めた力強い事業者です。また、ただ単に事業の復旧をするのではなく、地場産品のブランド開発も行って震災前よりも力強い水産業を目指しています。
 代表の芳賀さんにお話して頂きました。津波があっても海と共に生きて行く姿勢に微塵もぶれがない強い意志、寄付に関して、お礼がきちんと返せる見込みが経たない分は受け取らない実直さ、今後他の地域に津波がおきたら「おれたちが真っ先に行く」と言って頂けるやさしさと頼もしさ。まさに海で生きてきた男のたくましさを感じました。
 また芳賀さん自ら三陸の肉厚ワカメを調理し、試食させてもらいました。三陸のワカメは東京で食べるワカメと全くの別物。触感も味も分厚いんです。また湯通しで鮮やかな緑色に変わる様子は目にも鮮やか。
 その後は直売商品のお買い物タイムへ。女性の参加者が多かったせいか、工場は一瞬でデパ地下に様変わり。こういうお買い物は経済的な支援にもなりますし、被災者も元気づけられる関わり方ですね。しかも、ここで売っている海産物は本当に美味しいものばかりで

   

 

⑩ 吉里吉里国
 本日の最後は美しい海を取り戻す為に山に林業に入る吉里吉里国の芳賀さんからお話とボランティア体験をさせて頂きます。
 NPO法人吉里吉里国があるのは小説「吉里吉里人」のモデルにもなった大槌町の吉里吉里地区。漁業が主力のこの地区も津波で被災し、ほとんどの船が失われてしまいました。また、大槌の外れにある為、自衛隊の到着も遅く、住民たちが自力で難を乗り越えていました。
 まだまだ寒い日が続く中、瓦礫から木材を拾って焚火をしていると「焚火の炎は暖を与えてくれた。そして勇気を与えてくれた。『くよくよするな、新たな道を見つけろ!』と言われているようだった。」と芳賀さんは仰います。
 あるときボランティアの一言がきっかけでそういった瓦礫を薪にして販売する事業が始まりました。これがNPO法人吉里吉里国が生まれるきっかけになった「復活の薪」事業です。
 芳賀さんはいつまでも支援を受けるばかりではなく、自らきちんと働くことで人間の誇りと尊厳を取り戻す重要性を感じたと言います。
 「かつて漁師は漁が出来ないときに山で働いた、50年前、吉里吉里の人は広葉樹を薪として使っていた。40年前、孫の代に家を建てるつもりで植林した。30年前まで吉里吉里はじめ大槌の家は吉里吉里の杉でできていた。しかし時代が移ると共に伐採・製材委託に費用がかかるようになり、杉の家を建てなくなった。さらに材木価格の低下から、吉里吉里の杉林は見放され荒れていった。人はいつも吉里吉里の暮らしと都会の生活を比べた。いい生活、いい収入、きれいな街を得ることが良いことだと考えた。
 今はそれを反省している。吉里吉里には、海があり、山があり、川があり、空がある。その自然の恵みを頂く技を持ち、自然の恵みを頂くことに揺るぎない誇りを持てる生活をしたい。今しっかりしないと子供たちの将来はない。地震と津波がこのことを教えてくれた。」
 芳賀さんは土佐で行われている自伐林業の方法論を学び、この地でもう一度林業を産業にしようと取り組んでいます。人工林は人の手が入らないといつか荒れてしまい、土壌が流出し、がけ崩れのリスクが高まったり、川や海を汚染したりします。芳賀さんは森という現場に立ち続けることで、かつての美しい海を取り戻したいと考えています。また、薪はバイオマス資源であり、CO2フリーの環境に優しい脱石油のエネルギーです。石油として地域の外に流出していた価値が地域で循環していく仕組みでもあります。
 地域で自立し、自然と共存していくライフスタイルと町の仕組みが、子供や孫の世代に、都会と比べなくても胸を張って生きていける自信を持ってもらえるようになるのだと思います。
  

 
  
⑪ 吉里吉里の瓦礫仮置き場
 吉里吉里では瓦礫仮置き場の見学もしました。
 震災からこれだけの時間が経っているにも関わらず、三陸のそこかしこにこのような仮置き場がまだまだ沢山残っています。そして近づいてみるとその一つ一つの大きさに驚かれます。実は放射性物質についてはきちんと検査も行われ、首都圏と変わらないレベルのものだと確認されています。
 なぜ、進まないのか?県外の受け入れはするべきかしないべきか?国がもっと大きな施設を作るべきでは?いや、瓦礫撤去後に大きな施設が残るのは無駄ではないか?そもそも放射性物質が基準値以内ならもっと現地の気持ちに寄り添って受け入れてもよいのではないか?瓦礫を運搬するコストや手間が無駄ではないか? バスの中では非常に議論が盛り上がりました。
 なんとか各地域でも、県内での処理で、最終処分までの目途が見えてきました。とはいえ、瓦礫を巡る様々な議論には考えさせられるテーマが沢山詰まっているように感じています。
  

 

 

⑫ 浄土ヶ浜と田老の視察
 ボランティアが終わり一行は浄土ヶ浜パークホテルに宿泊です。震災時には、自ら避難所として住民のケアを行い、その後は全国から集まる警察官や自衛隊の宿泊施設として復旧作業を支えて参りました。現在は、改装を終えて一般の観光客を受け入れる通常営業を行っております。浄土ヶ浜の美しい景色と三陸の海の幸と田野畑などの山の幸が楽しめる優雅なホテルです。
 翌日は、朝一番で宮古の台所である魚菜市場で、漁師町の活気を味わい、岩手県北バスの観光船事業部の佐々木さんの案内による浄土ヶ浜の散策と“東洋一の防波堤”“万里の長城”と言われていたものの津波で決壊した田老の防潮堤を見学しました。
 浄土ヶ浜では美しい浄土ヶ浜の由来や地理的な特徴の他、咄嗟の判断で観光船を沖に逃がして観光船を守った船長のお話を伺いました。
 田老地区では地元の元持さんが防潮堤の変遷や防災の町として取組んでいたのに被害を出してしまった悔しさを地元の声として語って頂きました。自然災害にどう備えていくのかを、釜石の奇跡の話と共に考えさせられる経験になりました。
  

 

⑬ 最後に
 今回のツアーはこれにて終了になりましたが、皆さまは盛岡でもう一泊してさんさ踊りに参加されたようです。(さすが旅のプロ達。タフですね。)
 海外の目線でみても十分に見ごたえのあるコンテンツと評価して頂いたことは非常に有難かったです。むしろ海外ではこのような学習型の旅行も理解があるのでもっと積極的に展開したほうがいいというアドバイスも頂きました。
 私共も今後国内外でこういったスタディツアーをテーマに沿って提案させて頂きたいと考えております。海外からのお声がかかった際には是非とも通訳案内士の皆さまのお力もお借りして、三陸の今を世界中に発信していければと考えております。
 

かわいい子には旅をさせよ    

                         レポート 小田英樹

 

2012年8月19日(日)から8月22日(水)に、関東地区の小学生を対象に、被災地陸前高田市の現状とボランティアの素晴らしさを学び、体験する「かわいい子には旅をさせよ」というツアーを行いました。東京を中心に24名の子供たちが参加し、地元の家庭にホームステイをしたり、仮設住宅でのボランティア活動を行ったり、地元の方たちとの交流を深め、充実した3泊4日となりました。

 

 

 

この企画は明治学院大学ボランティアセンター様と陸前高田の町づくり会社”なつかしい未来創造株式会社”様の出会いからアイデアが生まれ、岩手県北観光がその実現を御手伝いさせて頂きました。大学生達は事前準備に大変な時間を割き、当日は献身的なサポートを行って頂きました。企画から一緒にやらせて頂いた我々も大変貴重な経験をさせて頂きましたし、小学生や大学生達が成長していく姿が感動的でした。

 

ボランティア活動では、小学生自らが現地住民にご要望をヒアリングし、何ができるかを小学生が自分達で考えるプログラムにさせて頂きましたので、ボランティアのやりがいを感じ、自身にもつながったと思います。親元を離れて他の家庭でお世話になることで一回りたくましくなったと思います。津波災害の凄さから自然に対する畏敬の念と防災の大切さを学んで身につけてもらったと思います。

 

 

 

さて、具体的にその様子をご紹介します!!

 

 

 

 

 

 

初日は地元の子供たちとバーベキュー。初めは照れ臭かったけど、食事の後はみんなでわいわい遊びました。

陸前高田のホルモンは絶品!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これから陸前高田を学びに出発!

 

 

 

 

 

 

 

津波に飲まれた市立体育館を訪問。花を手向け、手を合わせました。当時の状況を聞き、みんな言葉を失いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お昼ごはんは秘密基地?でからくり流しそうめん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お姉さんが”釜石の奇跡”を題材にした津波防災のお話「つなみてんでんこ」の紙芝居をしてくれました。釜石の防災教育から、小学生のみんなが帰ってからも活かせる知恵を学んだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地元の方たちのお話要請を元に、小学生のみんなでボランティア活動の内容を話し合って決定。

明日の準備はバッチリ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

炎天下の中で海岸清掃。少しでもお役に立てればと、一生懸命ごみを拾い集めました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午後は吉田さんのお花畑の手入れのお手伝い。「スマイル」の形の花壇が夕日に綺麗に照らされ、吉田さんも大喜び!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この旅で活動したボランティアや感じたこと、学んだことを新聞にして発表。この4日間でみんな大きく成長することができました!!!

 

モニターツアー 震災復興への挑戦者との対話による学び、復興支援、絆ツアー その後

【レポーター】柴田 亮

 

皆様、先日もブログにアップした観光庁支援の「学び、復興、絆」ツアーの第一団の様子が

社団法人日本観光振興協会の「がんばろう東日本」のサイトにアップされております。

http://kokunai.nihon-kankou.or.jp/m_report_vol2.html

さすが、プロの記者やカメラマンの写真なので、とてもいい感じに紹介してもらっております。ありがとうございます。

動画などもありますので、スタディツアーの雰囲気が伝わりますね。

http://www.youtube.com/watch?v=Z3O5HdHY6Uk&feature=player_embedded

 

さて、このツアーでは2日目のよるに参加者同士の対話によるワールドカフェを実施し、その内容をわら半紙に落としてなつかしい未来㈱の田村社長とシェアしていたのですが、

時間の都合上講評を頂くことができませんでした。本当に申しわけありません。

そこで、後日無理を申しあげてお時間を頂き、このようにご感想を頂くことができました。

参加された皆様是非ともご覧ください。

http://youtu.be/7JTvG8UR1KQ

 

岩手県北バスグループでは、単に作業としてのボランティアや表面上の視察に終わらない現地との絆づくり、交流促進のきっかけになるようなツアー作りを目指して参ります。

そうした絆が被災地への息の長い支援に繋がりますし、次なる災害時の助け合いの風土の醸成につながると信じております。

企業や学校様の目的に合わせたカスタマイズされたツアーも可能ですので気軽に御相談下さい。

モニターツアー 震災復興への挑戦者との対話による学び、復興支援、絆ツアー

【レポーター】柴田 亮

さて、今回の県北ブログはいつものボランティアツアーとは趣向を変えてスタディツアーのご報告です。報告者もいつもの黄色い帽子の添乗員ではないので御免なさい。

 

まずはなぜ今スタディツアーかをご説明します。

 

現地では多くの方が「とにかく来て見て感じて下さい」と仰り、特にボランティアや支援をしなくても三陸に来てもらうだけでも有難いという気持ちになっております。

 

多くの三陸の方々には支援して頂いた県外への感謝の気持ちと共に、三陸のこの経験を忘れず、後世に伝える為にも少しでも多くの方が現地に一度は足を運んで体で感じて欲しいと言う気持ちが強くなっております。(全ての人がそうではないですが・・・)

 

また、観光業は三陸の重要な産業の一つであり、この産業が立ち上がらないと多くの雇用を吸収できない現実があります。、

 

一方で、県外に目を向けると、ボランティアには敷居を感じるものの、何か行く手段があれば三陸に足を運んでみたいという声も多く聞くようになりました。

 

そこで、岩手県北観光はボランティアよりも現地の方々との対話に比重を置いたスタディツアーをテストしてみることにしたのです。観光庁様の御支援で2月と3月の2本のお試しツアーで、好評であれば今後も実施して行くつもりです。

 

このツアーを企画した担当者は、「三陸はただ単に悲劇の場所なのではなく、困難を乗り越える為に日夜奮闘するリーダーが毎日沢山のドラマと教訓を生みだしているとてもダイナミックな地域になっています。今、ここで生まれているドラマや教訓は今後、日本が直面する困難にも打ち勝つ大事なヒントがあると思います。そして何より、その感動する内容が私達に生きる活力を与えてくれるのです。」とかなり鼻息荒くアピールしておりました(笑)

 

尚、今回初めて動画に挑戦したのですが、ブレまくりで申し訳ありません。

また、雰囲気が伝えられたらと思い、講演の全内容はアップしておりません。続きは是非現地で直接お聞きくださいませ。

 

前置きが長くなりましたが、どんなツアーだったか御紹介します。

 

まず、最初に降りたったのは岩手県宮古市田老。

ここは明治、昭和の津波を受けて作られた最大幅25m、地上高7.7m、海面高さ10m、長さは2.4キロにも及び、「万里の長城」と異名を持つ立派な堤防があった場所。

その堤防が脆くも崩れ、完全に破壊された街を見て、津波の威力に言葉を失います。

これは今だからこそ見て学び、伝えて行かなくてはならないことです。

 

 

 

その後、釜石の箱崎地区に移ってボランティア体験。

この箱崎地区は釜石市でも外れにあり、支援が遅れている現場。

基礎から掘り返され斜めになった根浜海岸レストハウスが痛々しい。

 

 

 

 

 

 

 

昨年と今年は異例に雪が多く、今日の作業も雪掻きでした。

凍った雪は非常に硬く、想像以上の重労働。

報道を見る限り、瓦礫は片付き、ボランティアの仕事も減ったと思われがちですが、現地はまだまだやることが沢山残っております。

 

 

 

 

 

今晩の宿はこの箱崎近くの程近くの宝来館。

なんとここの岩崎女将は近所の人を助けようとしたところを津波に飲みこまれ、奇跡的に生還した人です。その後も行政の支援が行き届かない地域の避難所になり、また多くのボランティアを受け入れて地域の復旧の中心になり、現在は「どんぐりウミネコ村」という自然に触れ合う交流型観光で地域の復興の中心になっているところです。

 

 

宝来館再始動

 

宿は1月から再開し、地のものを中心とした美味しい夕食も食べられます。

宿には復旧作業で長期滞在されているダイバーさん達もいらっしゃいました。あの寒い海で・・・お疲れ様です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕食後は宴会・・・とは行きません。スタディツアーですから。

夕食後は女将さんのお話をじっくりと伺います。

 

 

 

 

 

・津波に飲みこまれても“生きよう”と強く想うことで心臓が強く脈打ち熱くなった。生きようという意思が最後は大事。

・家や財産等よりも生き残ること、家族が残ることが本当に大事

・明治、昭和と受け継がれてきた津波石と、新たに立てられた平成の津波石のこと

・津波てんでんこ(津波の際はてんでばらばらに各自避難すべしという三陸の格言)の意味

・宝来館の周辺であった本当に悲しい数々のお話

・一年経って、今女将さんがこの根浜海岸で復興させたい希望の故郷

・津波を経験した子供たちの為に子供たちに託す想い

魂を震わせる女将さんのお話し。目を潤ます参加者も多数。皆食い入るように聞きいっていました。

 

 

女将さんが「ある遊牧民は薬として故郷の土と水を持ち歩き体調が悪くなるとそれを飲む。私もこの根浜にいるから力がでるんだ。だから絶対に復興させるんだ」と仰っていた。お話の内容は文章でも読むことは出来る。でもこの宝来館に来て、女将さんと同じ空気を吸いながらお話を聞くことに意味があるんだと強く思いました。

 

実は女将さん、お話の後ロビーでぐったり。「この話をするのはとっても疲れるの。でもこれが私の使命だと思うから、これからも多くの人を連れてきて下さいね」

女将さんの想いの「どんぐりウミネコ村」。この構想の実現に岩手県北観光でもできる限りの御手伝いしたいと思います。

(尚、女将さんのお話の内容を詳しく知りたい方はソトコト4月号をご覧ください。女将さんのお話の他岩手県北観光のコラボツアー企画も載っています。)

 

 

 

ボランティア活動+美味しい地物の夕食+女将さんのお話+ゆったりお風呂で皆様熟睡できたでしょうね。

 

 

 

 

 

さて、翌日は釜石市街にある只越町商店街で@リアスNPOサポートの川原さんからお話をして頂きました。

・震災前から課題を抱える釜石の街と街づくりNPOの震災前、震災後の役割

・@リアスさんが果たす、只越町商店街の支援、仮設住宅の運営マネジメントや雇用マッチングのプロジェクトについて

・マスコミが伝えない情報の2面性や、被災地の視点で感じる違和感

 

などなど、被災地の生活の実情やそれを支援する仕組みから被災地に住む人の視点で物事の2面性を知る非常に深いお話をして頂きました。川原さん自身もいろいろな葛藤がある中で対外的にこのようなお話が出来るようになったのは昨年の9月11日からだったそうです。

この後は只越町でお買い物タイム。三陸名物早取ワカメが人気でしたね。

 

本当はお昼はおらが大槌夢広場の復興食堂で頂きたかったのですが、本日は定休日が重なってしまったので宝来館にも戻って頂きました。おらが大槌夢広場さんも大槌町をグリーンツーリズムや復興ツーリズムで復興させようという非常に前向きな取り組みをされている団体です。大槌市役所の近くに食堂と震災の博物館が立っておりますので、お近くに来た際には是非お立ちより下さい。

 

お腹もいっぱいになったところで今度は立ち上がれ!!ど真ん中大槌様の復活した加工場で代表の芳賀さんから、三陸の主力産業の水産業のお話を頂きます。

ど真ん中さんは被災した大槌の水産加工業者4名が力を併せて復活をさせようという取組。政府の支援が後手後手に出てくるので、事業の復旧させること様子見してしまう方が多い中芳賀さん達は、一口オーナーと称し、一口1万円の支援を集め、そのお返しに事業が復旧すれば新巻鮭や三陸の海の幸をお返しするというアイデアで数千万円集めました。すでに一部で恩返しも始まっております。

芳賀さんは「海は宝、恨んでません」と力強く答えて頂きました。そして芳賀さんの漁師歌も披露。

最後は早採りワカメとマツモの試食をたっぷりさせてもらいました。肉厚でうまみたっぷりのワカメはワカメだけでもパクパク食べれる。また、ゆでるとそれはそれは綺麗な緑色に変化するのも面白い。三陸に来たらお土産にぜひどうぞ!!

大槌町地場産品復興プロジェクト

 

 

 

 

ひょっこりひょうたん島のモデルの蓬莱島もすぐ近く

 

 

 

 

 

 

本日最後は遠野まごころネットの臼澤さん

遠野まごころネットは震災後に立ちあがった沿岸部広域で活動するボランティアの受け入れ基地から始まり、様々な復興イベントの実施、仮設住宅のケア、店舗や生業の創出など幅広い活動をしている団体です。

 

 

 

臼澤さんは大槌町で被災し3回程の生死の危機を体験し、命からがら助かって以降は自らまごころネットに参加し、小槌川流域のコミュニティの活性化に注力されています。

臼澤さんの体験から国や行政の役割にまで話は及び、会場も熱くなってまいりました。

住民を集団として捉える行政にできない個人個人を見据えた支援をできるのがNPOと力強く仰っている臼澤さん。今後雇用が回復しない状況で、コミュニティでの孤独死、自殺との長い長い戦いが続くと思われます。これからも応援して行きたいと思います。

 

 

さて、今回のバスツアーはバスの中でもいろいろな解説を行います。

  • 座学で理解できる各団体の活動内容これまでの経緯などの解説
  • 車窓から見える明治昭和平成の津波災害の遺産の解説
  • 防災に関する様々な教訓
  • 津波の映像を見てから実際にその場所に行くことでわかる津波のすさまじさ

特に、「釜石の奇跡」で知られる小中学生の素晴らしい避難行動についての解説については関心がとても高く質問が相次ぎました。

釜石の奇跡は群馬大学片田教授が粘り強く行った防災教育の成果であり、①想定に囚われるな②最善を尽くせ③率先避難者たれ という3つの原則に基づく教育。これは一般の社会人にとっても非常に考えさせられる教訓になります。是非、その神髄を聞きに釜石に来て下さい。

 

宝来館で2日目も美味しい夕食を頂いた後はメ “宝来館ワールドカフェ”のお時間です。

これは“ワールドカフェ”というちょっとした対話のルール・手法を使って、オープンで前向きな話し合いをしようという物です。テーマは「現地の皆様に触れて、今感じていること、考えたことは何ですか?」「望ましい未来の為に、三陸に関してこれから何ができるでしょうか?」という問いに対して各自で感じたことを共有しながら模造紙にどんどん書いていくセッションです。

みなさんこの2日間で感じられたこと沢山あるんでしょうね。かなり盛り上がってきました。面白いアイデアもたくさん出てきましたね。

このワールドカフェ、難しく考えることなく、みんなで楽しく感じたことを出し合い、それぞれの感じたことが新たな発想やアイデアを生み出す会議の仕方です。あっという間に2時間過ぎてしまいました。

このわら半紙は書きっぱなしでは終わりません。

 

翌日はなつかしい未来創造㈱/陸前高田ドライビングスクールの社長の田村満様のところに伺いました。田村社長は無事だったドライビングスクールを活用して正に復興支援の基地となって活躍され、今は陸前高田に若者が働ける為のベンチャーインキュベーションを目指し様々な仕掛けを手掛けているアイデアマンです。

ツアーの参加者の皆様には昨晩作成した模造紙を使って田村社長にプレゼンテーションをして頂きます。

各班の発表①

各班の発表②

各班の発表③

各班の発表⑤

各班の発表⑥

各班の発表⑦

 

 

被災地以外の皆様が現地で奮闘する田村さんにプレゼンなんておこがましいかもと、ちょっとドキドキしながら始めましたが、田村さんは熱心に写真をとったり、メモをとったり(ほっ)

田村社長の講評

このアイデアの幾つかは田村さんを通じて何らかの形で実現化するかも?しれません

田村社長のお人柄やご活躍はほぼ日刊イトイ新聞に詳しいですが、やはり直接お伺いするとちがいますね。

 

 

穏やかな笑顔とチャーミングな話しぶりの田村社長ですが、陸前高田や仲間への想い、そして日本に対する想いが本当に強く、甚大な被害の陸前高田で、日本のどの地域よりも前向きに未来に向かって進んでいらっしゃる姿勢には感銘を受けます。

また、いろいろなアイデアをどんどん進めて行く積極性も頼もしいです。

陸前高田はすでに人口的には2020年の超高齢化がいきなりやってきた状態です。ここで実現する復興策は10年、20年後の日本を支える仕組みになると思います。

 

長文になってしまい大変失礼しました。

今回初めて実施したスタディツアーですが、これからじっくり育てて行く現地への支援の新しい動きになると思います。関わって頂いた被災地で頑張る方も参加した我々も前向きに進んで行こうという力がもらえるツアーにしていける手ごたえを感じました。

まだまだ改善点が多いツアーと思いますが、改良を重ねて、より多くの方が三陸の復興に関わっていくきっかけを作っていきたいと思います。

 

(本ツアーのようなスタディツアーを企業、学校、自治体様にカスタマイズしてご提供することは可能です。詳しくは岩手県北観光までご連絡下さい。)